高血圧

高血圧症

高血圧症とは安静時に測定した血圧が慢性的に上昇している状態であり、現在の診断基準では収縮期140、拡張期90mmHg以上と定義されています。(どちらか一方でも高ければ高血圧症となります)

血圧は血管壁に加わる圧力ですが、血圧が上昇する過程においてさまざまな作動性物質が働いており、その影響にて血管内皮細胞にダメージをきたし、ひいては血管壁に障害が起こります。小さな血管が障害されると、小血管の集合部である腎臓の糸球体や眼底の細動脈を損傷してしまい、長期間放置していると、腎臓病や眼底出血等の臓器障害を起こしてしまいます。また、太い血管を傷つけると、そこから悪玉コレステロールが血管内にたまってしまい、炎症を生じて動脈硬化巣形成して、心筋梗塞や脳梗塞を生じ、身体活動の低下や生命活動そのものにも直結してしまいます。高血圧症は脳心血管障害の最大の原因です。血圧が上昇しても症状はほとんどなく、放置されてしまうことも稀ではありませんが、至適な血圧を維持することは健康を維持するためには非常に重要なことであります。

高血圧はなぜ起こる?

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海から陸上に上がった我々の祖先は水分や栄養素、酸素を組織へ分配するために張り巡らされた血管網に、重力に打ち勝って血液を環流させる必要があり、心臓ポンプを駆動させ、ある一定以上の圧力を発生させるメカニズムを進化させました。身体が地面に平行で、体形が平坦な爬虫類はせいぜい20-40mmHg程度の血圧で充分血液を循環させることができますが、2足歩行する我々は重力に打ち勝って、脳に血液を送るためには100mmHg程度の血圧が必要です。(キリンの血圧は200を超えており、首の長い恐竜はさらに血圧が高かったことが想像されます。)

かくして生じた血圧上昇により、血管は心臓の拍動するたびにある一定状以上の圧力を受けとめる必要性が生じました。その回数は心臓の拍出する回数である、一日10万回前後になります。当然、血管の壁は年と共に次第に傷つき、老化現象である動脈硬化を生じる運命にあります。人は血管と共に老いる(by William Osler)という19世紀に生きた医師の有名な言葉がある通り、動脈硬化は避けることのできない現象であるわけです。

血圧は臓器の血液還流を維持するために、一定の範囲にコントロールする必要があり、自律神経やホルモンにより精密に制御されています。そのバランスが崩れてしまうと高血圧が発症します。

明らかな原因が特定されてない、加齢とともに発症するいわゆる本態性高血圧がなぜ起こるのか、まだ完全には解明されていませんが、現時点では腎臓におけるナトリウム(塩分)の排泄障害と血管収縮が主な原因と考えられています。シンプルな説明として以前から提唱されているのは、何らかの原因で腎臓からのナトリウムの排泄がうまくできなくなると、それに対応して血圧を上昇させて圧力で尿にナトリウムを排泄させる結果高血圧が生じるという理論です。塩分を全くとらないアマゾンの原住民は加齢による高血圧の発症は増加しないこと分かっており、逆に塩分摂取量と高血圧の発症が比例することも多くの研究で示されています。過剰な塩分は、水分を体に引き込んでしまい腎血管系にとっては負担となり(従来はこのような説明がなされていましたが、最近は過剰な塩分が最終的に血管を収縮させるとの説が提唱されています。)高血圧の引き金となりますので、予防や治療としては減塩が重要な位置づけとなるわけです。

高血圧は末梢の抵抗血管である細動脈が収縮して生じます。血管の収縮は交感神経の緊張やレニン、アルドステロン系ホルモンの活性化によって起こります。この過程においては活性酸素が発生し、炎症が生じることが分かっています。そしてこの炎症反応は動脈硬化を引き起こしていきます。高血圧が動脈硬化を起こす過程には神経系、ホルモン系、炎症が複雑な形で関与しています。生体の、恒常性を維持するためには、絶えず交感神経系、ホルモン、免疫系が協調しながら働いていますので、当然といえば当然かもしれません。  また、交感神経の活性化も高血圧の発症、維持に深くかかわっています。全身の交感神経の中で特に腎臓の交感神経活性が亢進しており、腎臓からのナトリウム(塩分)の排出低下を助長して、血圧上昇を招く一因となっています。脳の交感神経中枢も持続的に活性化しておりそれには前述のアンギオテンシンII等が引き起こす酸化ストレスが関与していることが示されています。

高血圧の頻度

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さて、高血圧の人はどれくらいいるのでしょうか?

2017年の統計では日本には4300万人の高血圧罹患者がいることが示されました。そのうち1200万人は適切に血圧がコントロールされおり、残りの3100万人はコントロール不十分で、その内の1400万人は自分が高血圧であること自体を認識していないと言われています。(グラフ1)

有病率が非常に高い高血圧にもかかわらず、まだまだ、現状はコントロールが不十分であることがわかります。実際に健診等で高血圧を指摘されても、特に頭痛等の自覚症状もあるわけではなく、治療を進められてもまだ大丈夫、もう少し様子を見てはいいいのではと自己判断で放置されている方も多いでしょう。

しかし、表2に示すように、現時点で日本における脳心血管病による死亡数への影響度を調べた結果では、各危険因子の中で高血圧が断トツに影響度の高い要因であることが示されています。従って、高血圧をしっかり治療することは死亡率を下げことに直結すると言えます。

高血圧の基準

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高血圧の基準は病院や診療所の診察室では140/90以上です。この値自体はこの数年日本では変わっておりません。(一方、米国は130/80以上とひき下げておりますが)また、家庭血圧での基準は135/85以上が高血圧となっております。

さて、では至適血圧とはいったいどれくらいなのでしょうか?

表3に2019年度の高血圧の基準を示しておりますが、なんと至適血圧は120/80未満。つまり115/76程度値がちょうどいいということになります。インターネット等で情報が豊富な今日この頃、高血圧の診断基準や治療目標が以前よりも下がってきていることはご存じのことでしょう。

その理由ですが、世界での研究と同様に日本でも長年の研究の成果として血圧と脳心血管障害との関係が詳細になり、血圧は120/80以下で脳心血管障害の発生率が最も低く、血圧の上昇とほぼ比例して発症の危険性が増加することが判明したからです。(表3)

この関係はどの年代においても認められています。(表4)血管の内圧は一定以上を超えると血管壁にダメージを与え続けることは容易に想像できると思われます。

正常血圧と高血圧の間、120-139/80-89の値は120/80未満に比べると脳血管障害の発生率が明らかに高く、また将来に高血圧に移行する確率も多いために、2つの階層に分けて、正常高値血圧、高値血圧と分類されています。

治療の基準

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さて、治療の基準ですが、少々面倒くさい判定基準があります。

表に示すように、高血圧は血圧の高さに応じてI度、II度、III度の高血圧と分類されております。さらに、実際の治療に当たっては、血圧値に合併症の状態を加味して、低リスク、中リスク、高リスクに階層化され、リスクに応じた治療のタイミングが示されています。リスクが多いほど動脈硬化の進行が顕著になるためです。特に糖尿病や腎臓病がある場合は動脈硬化の合併頻度が高く、I-III度すべての血圧で高リスクに該当します。あるいは脂質異常症や喫煙などの危険因子が重複してある場合も高リスクとなります。 この表を見て自分のリスクを判定することも治療を受ける際にその必要性を理解する上において重要かと思います。

また参考までに、表に治療開始基準を示しております。

高血圧の場合、高リスクは直ちに治療を行い、低、中等度のリスクは1か月間の生活習慣の改善でも血圧降下がなければ投薬治療を考えるべきであることが示されています。

さらに、高値血圧でも高リスクの場合は1か月間の生活習慣是正で改善しない場合は投薬治療を考えることになり、高血圧の低、中リスクと同等の扱いとなります。

治療内容

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1)生活習慣の修正

高血圧の治療はまず、生活習慣の是正、すなわち減塩と運動による内臓脂肪燃焼、規則正しい生活をし、睡眠をしっかりとる等の毎日の生活習慣の見直しに取り組むことが大切です。特に減塩は重要です。我々日本人は塩分摂取量が多い民族で1950年代の東北地方ではなんと1日25g摂取していました。このころは高血圧による脳出血が非常に多く、人々が脳卒中を恐れる時代でした。その後、塩分が高血圧と強く関係していることが研究で明らかにされ、減塩指導が普及し徐々に塩分摂取量は減少し、また優れた降圧剤の登場で脳卒中は激減しました。現在は男性10.8g、女性9.2g平均9.9g摂取している状況ですが、(2016年のデータ)、高血圧のある人の目標は一日6g以下であり、まだまだ、減塩の余地があります。

最近は、外来の検尿で推定塩分量を簡便に算出可能となっており、しばしば測定し、自分がどれくらい塩分を取っているかを自覚してもらっています。

また、禁煙、アルコール制限も大切です。特に喫煙は血圧上昇だけではなく、動脈硬化、発癌、肺機能低下等の様々な病態に関与しております。タバコが体に悪いことは、だれでも認識していることですが、脳のニコチン依存の問題は深刻であり、禁煙を実行に移すことは容易ではありません。腰を据えてじっくり取り組む必要がある事項と考えられます。

2)降圧療法

生活習慣の改善に取り組み、家庭血圧を測定してもらい、血圧改善の兆しが認められない場合は薬の出番となります。

血圧の規定因子は主に心拍出量と抹消血管抵抗の2要素と考えられています。電圧と電流のような関係で、血圧=心拍出量x血管抵抗 という式が成り立ちます。

現在、第一選択薬は血管抵抗を低下させるCA拮抗剤あるいはARB/ACE阻害剤が推奨されております。副作用が比較的少なく、降圧効果も安定していることから使用しやすい薬であります。また、一時的に循環血液量を低下させるサイアザイド系利尿剤(当初は循環血液量は低下しますが、平衡状態に達した後は血管拡張作用を呈するとされています。)も併せて推奨されています。

この3剤に関しては、投与により血圧を同程度に低下させ得れば、脳血管障害を同等に抑えることが示されているからです。実際にはCa拮抗剤は効果発現が早く、誰にもほぼ同等に効果がでることより最も汎用されています(相撲で例えるならば東の横綱でしょうか)。次にARB/ACE阻害剤が使用されています(西の横綱)。レニンアンギオテンシン系阻害剤であるARB/ACE阻害剤は特に、心不全やタンパク尿陽性の腎障害がある方の予後を改善することがわかっていますので、その場合は第一選択となります。サイアザイド利尿剤は上記2剤で降圧が不十分な場合に追加することが多い印象です(大関の位置づけでしょうか。血糖上昇や電解質の異常等の副作用が出やすいという欠点もあります)。塩分感受性高血圧の場合はかなりの効果が期待できますし、若年者の拡張期高血圧にも威力を発揮することがあります。(先程触れたサイアザイド系利尿剤による血管拡張の機序はまだ明らかにされていませんが、作用部位の腎臓の遠井尿細管にあるNCCというチャネルをブロックすることが、いろんな機序を介して血管拡張をする可能性が示されています。逆に言えば高血圧の治療において利尿剤であればなんでもいいというわけではないということです。) 最近(2019年、高血圧の治療ガイドライン等)、上記の3剤を併用しても血圧が下がらないような難治性高血圧の場合にはミネラルコルチコイド受容体阻害剤(MRB)の投与が推奨されています。ミネラルコルチコイド受容体はアルドステロンが作用する部位であり、腎臓の集合間でのNaの吸収とKの排泄を担っていますが、腎臓以外でも血管、心臓や脳に発現し、血圧の調節や心臓の肥大、あるいは交感神経の調節に関与しています。むしろ腎外でのミネラルコルチコイド受容体遮断が塩分感受性高血圧の治療ターゲットになっており、アルドステロンの上昇の有無に関わらず、塩分の過剰な刺激を遮断して、血管を拡張して血圧を下げる効果があり、β遮断剤やα―遮断剤よりも有効なことが示されています。高齢者になるにつれて塩分感受性高血圧の頻度は高くなり、MRBの活躍する場も広がってきています(関脇の位置づけ??)。

西横綱  
関脇:昇進中  

β遮断剤はこの薬が用いられるべき基礎疾患がない場合はfirst choiceとしては推奨されておりません。大きな要因としては血管拡張作用がなく降圧作用が弱いからだと考えられます。基礎疾患とは動脈瘤、心不全、甲状腺機能亢進症、頻脈性疾患、不整脈等が該当します。個人的には極端な白衣現象のある高血圧にはよい適応になると考えています。

2021年10月に心不全の治療薬であるアンギオテンシン受容体ネプライシン阻害薬(ARNI)が高血圧治療に使用できるようになりました。前述のARBに加えネプライシンというANB、BNPという善玉ホルモンを分解する酵素を阻害することにより、血中のANP、BNPが上昇させる効力があります。ANP,BNPによる利尿作用や血管拡張作用、アンギオテンシンIIに対する拮抗作用等が認められ、心臓や腎臓などの臓器保護作用が期待される薬剤です。

治療目標

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降圧治療を開始してどこまで血圧を下げるか、多くの研究の結果を踏まえ、合併疾患に応じて目標が設定されています。

ここでも積極的な降圧目標が提示されており、高齢者、血管に狭窄のある脳血管障害、タンパク尿陰性の腎臓病以外は130/80未満が目標に設定されています。家庭血圧では125/75未満に相当します。

冒頭に示しました通り、現時点では30%は治療を受けていても降圧不十分な状態がつづいていることが分かっていますが、やはり、どこまで血圧を下げる必要があるかの十分な説明度と同意がなければ治療達成は難しいと思われます。患者さん自身がこの程度の血圧であればよいと考えている場合はさらなる降圧が必要であっても治療目的達成はおぼつきません。 医師と共に共通の認識を持つことが大切であります。